稲尾和久氏 講演要旨
 

 2001年9月15日

─ 強いチーム作りとリーダーの条件 ─

 稲尾でございます。こうやって見渡すと随分若い方が多いようでございますが、おそらく私の現役時代は皆さんご存知ないのではないかと思います。きっと皆さんのお父さん、お母さんの時代でしょう。

 まず野球という特性から話したいと思います。世界にはいろんなスポーツがありますが、大きく分けると2つに分けられます。1つは団体競技、もう1つは個人競技です。同じ団体競技でも野球とその他の団体競技は違うと思うんですよ。それはどういうところかといいますと、ラグビーなら15人対15人、サッカーは11人対11人、バレーボールは6人対6人。野球は9人でやるわけですが、じゃあグランドに18人出てるかといいますと、そうではありません。守ってる方は9人出てますが、攻撃側は1人なんです。これが野球とその他のスポーツとの違いなんですが、もっといいますと、1人のピッチャーが投げる球を攻撃側の打者1人が打つわけです。つまり1対1なんですね。そういった意味ではまさに個人競技なんです。団体競技なんですが、中身はまさに個人競技なんですよ。

 次に強いチームをつくるにはどうしたらいいか。リーダーは何をすべきか。これをお話ししてみたいと思います。いま申し上げましたように個人競技なので、まず第一に1人1人の選手の能力が低かったら負けるんです。いかに個々の能力をレベルアップしていくか。選手の体力を強くするか、技術を高めるか、精神力を強くするか。この心・技・体の3つをどう育てていくか。そのためにリーダーはなにをするか、ということです。

 例えば体力の面ですが、ある日朝から晩まで走ったとしても100メートルを18秒でしか走れなかった人が、いきなり15秒で走れるようにはなりません。では毎日走ってみる。1日の走る量は少ないかもしれないけど、とりあえず毎日続けてみる。技術面ですが、ピッチャーがある日1日2000球投げたとしても、翌日から135キロしか投げれなかった人が140キロを投げられるようになるかというとなりっこないわけです。1日の量はたとえ100球であっても毎日投げてみる。量が少なくても毎日続けるということが大切なんです。またこれを続けることによってチャンスに強いバッター、あるいはピンチに動じない強い精神力を持った選手に成長することもできるんですね。だから小さいことをどれだけできるか。それを無意識でやる人もいれば、意識的にやる人もいるでしょうけど、いずれにしろやっただけの結果が上がってくるということなんです。

 会社のケースでいえば、部下たちにどうこれを意識させるか、ということになります。例えば私たちでいえば、試合前に練習してますよね。ゲージの中でバッティング練習をしている選手を見ながら、センターで走ってる選手も必ず見てるんです。例えばある選手が1本、2本、3本と走ってて途中でフッと歩き出す。そういうのも当然見てます。練習から帰ってくるその選手を捕まえて、「なぜ走らないんだ」とは言わないんです。「おい、さっき走ってたとき途中で歩き出したけど足を怪我でもしたんか?トレーナーに見てもらえ」と言います。するとその選手が「見てたんですか?」と聞き返してきます。見てるということがわかることによってその選手もサボらなくなる。

 これがある種人間の欲望というものではなかろうかと思います。ある哲学者の言葉ですが、人間の最も根強い欲望は性、つまりセックスと偉くなりたいという欲望だ、と言っています。自分がいまの地位から少しでも上にいく。例えば社員から係長に、係長から課長に、課長から部長に、部長から取締役に。自分の存在を認めてもらいたい。これは人間の欲望であると言っています。またある哲学者は、人間が最も根強い衝動的なことは性と重要人物たらんとする欲求である。いかに自分は重要な人間であるかということを、上の人に認めてもらいたい、これが人間の欲望である。まあ人間の欲望には食べる、眠るなどいろいろありますけども、人間の根底的な欲望は認めてもらいたい、偉くなりたいという願望、重要人物たろうとすることであるということが書いてあります。

 ですからさっきの選手も見られたということによって一生懸命走るようになるということです。良しにつけ悪しにつけ注目して見られているのだから、努力をすれば使ってもらえるかもしれない、と意識させることによって良くなる選手もいます。

 私の現役時代は先ほどもご紹介がありましたけど、野球ファンの皆さまから「神様、仏様、稲尾様」と言われたりしました。まあ人間が神様呼ばわりされるのも光栄なことですが、大変辛い思いもしました。どういうことかと申しますと、なんかやるとすぐに「神様が」、と言われてしまうんですね。例えばバーに行って飲んでると「あっ神様が酒を飲んでるんだ」って。お神酒だってあるだろとか思いますけど(笑)。女の子の肩に手をやると「あっ神様が女を抱いてる」とか言われたりしちゃうんですね。

 ではなぜ、その神様、仏様と言われるようになったのかといいますと、日本シリーズで3連敗から4連勝を成し遂げてしまったんですね。日本シリーズはどちらかが4勝すれば終わりです。それが最初に3連敗しちゃったんですよ。だからあと1つ負ければ終わるんです。なんとそこから私が4連投して4連勝するんですが、実はいまだに思い起こしてみるとゾッとするんです。それはなにかといいますと、1つ間違うと地獄だったな〜ということなんですよ。それまでの3連敗のうち、実は私が2度、敗戦投手になっているんです。君たちは分からないかもしれないけど、当時は平和台球場が私たちのフランチャイズの球場でした。平和台球場のファンというのが、九州人独特でね。勝ったらブワアッと盛りあがってくれるんですが、負けたらクソミソに言われるんですね。

 ある日、私の両親と兄弟が観戦に来てね、そのゲームが終わった後に夕飯を一緒にとったんです。そしたら兄に「ちょっと説教がある、座れ」と言われまして。「なんだ」と言ったら「お前の試合を見てたら、三者凡退に抑えたときにはマウンドから下を向いて帰ってくるけど、ホームランでも打たれたら上を向いて威張って帰ってきている。少し名前が売れたからって調子に乗ってんじゃないのか」「そんなことないよ」って言ったら、「じゃあ、打たれたときはファンに申し訳ありませんという態度で帰って来い。そのかわり抑えたら威張って帰って来い」。ところが違うんですね。打たれたときは顔を上げてないと物が飛んでくるんです。よくビール瓶とか飛んできました。ひどいときには一升瓶が飛んできました(笑)。だから顔を上げてないとよけられないんですよ。三者凡退に抑えれば何も飛んでこない。ワアっと歓声と拍手。このときは下を向いていても大丈夫なんです。それくらい激しいんですよ、博多の人は。

 そんなことがありましたので、あのまま負けてたら殺されてるかもしれないと本気で思うわけです。まさに天国と地獄。それで3連敗のうち2回、敗戦投手になりましたが、それは誰のせいだったのかといいますと、いまの巨人監督の長嶋なんです。昭和33年、私は3年目、長嶋茂雄は1年目の新人の年でした。その前に31年、32年と日本シリーズで巨人と戦いまして、1年目の31年は4勝2敗で日本一。32年にいたっては4勝1分けで一度も負けずに2年連続優勝していました。それで3年目にまた巨人と対戦することになりましたが、「また巨人か、たまには違うチームとやってみてぇな」ってな具合だったんですよ。そのときの4番が長嶋さんだったんですね。31年と32年は川上さんが4番でした。しかし33年は新人が4番を打っている。まあ一人くらい増えたって去年の戦力と大して変わらないだろうと侮っていました。

 我々は初めて対決するバッターに対して暗中模索で投げるということは決してしません。そりゃあデータは欲しいわけです。彼はどういうバッティングをするのか、あるいはどういうコースが強いのか、弱いのか、あるいはどういう球種が強いのか、弱いのか。暗中模索のままやりたくなかったので、当時の阪神タイガースの小山正明さんというピッチャー、それから土井淳さんという大洋のキャッチャーの2人に、どういうコースが強くて、どういう球種が強くて、どういうクセがあって、たとえば初球から打ってくるバッターなのか、初球は必ず見送るバッターなのか。2ボール後に必ず見送るバッターなのか、3ボールでも打ってくるバッターなのかなど、いろいろとバッターにはクセがありますのでね、それをデータとして、自分の頭で長嶋というバッターとはこういうバッターなんだというイメージを持って挑むんです。

 ところがですね、どんなにたくさんのデータや情報があっても、我々のデータというのは潜在的な知識でしかないんです。データがあったからといって答えは出ないんです。答えはどこで出るかというと、キャッチャーとサインを交換するときピッチャーは必ずバッターの目を見ます。バッターもこちらを見るので、目と目がバチッと合うんです。このときにパッと答えが出るんです。つまり潜在的な知識。このバッターはインコースが強い。あるいはカーブに強い、弱い。こういうものが目と目が合ったときに、「よしアウトコースのストレートだ」って答えが出るんです。そういうふうにして配球を組み立てていきます。

 そして、第1戦の第1打席は4番ですから、初回のツーアウト一塁で打順が回ってきました。セットポジションに構えて、長嶋の目をグッと睨んだんです。そしたら長嶋はなんとバッターボックスに入ってボケーっと立っているんです。人間というのは面白いですよ。営業でもそうかもしれませんが、目は口ほどにものを言う。だからいいバッターと対するとですね、その目からすごい念力を発しているんですよ。バッターボックスからグーッと。なんか風に押されるようにその人が自然と出してるんです。本当に押されちゃうんですよ。新人の若い頃なんかそういうのがよく分からないから、「なんだこれは」と思いながらも、そのまま投げてしまう。おかしいな、おかしいなと思いながらそのまま投げてしまうんですが、そういう状況で投げてしまったら絶対に打たれるんです。なぜかというとね、そのバッターの一番好きなコースに球がスーッと吸い寄せられるんですよ。そんなコースに投げてなんかいないんですよ。違うコースに投げてるのに球がスーッとそのバッターの好きなコースに引き寄せられるんです。新人の頃にそういうことを何度も経験して、それくらい目の念力というか、気というか、気力、気合いとかいろいろいいますけど、「気」なんです。それがバッターボックスからグワーッと出てくるんです。

 私はパ・リーグの中でそのように揉まれてきたわけですが、長嶋茂雄はボケーっと立ってて目からなんにも感じなかったんですね。だから一番最初に相対したときは、「あ、最初の打席は打ってこないで、俺の球のスピードや、どういうコースに来るかな」って様子見をするんだと思って、その隙にストライクをとってやろうと思ってたら、なんとそこからグワーっと後楽園球場のライト線にいきなり三塁打を打たれたんです、第1打席で。このときはビックリしましたね〜。「こいつ騙しやがった!」と思いましたよ。

 騙すといえばまあパリーグにもいっぱいいましたけど、代表的なのはいま阪神の監督をやっている野村克也さんだね。ID野球とか言われてますけど、あれはID野球イコール騙しの野球ばっかりですから。あの人はキャッチャーだったんですが、打席に立つとペチャペチャ話し掛けられまして。例えば私が絶好調のとき、当時は指名打者とかないですから、私が9番バッターとして打席に立ってたんですが、だいたい3イニングくらい投げた後ですよね。そうすると私の調子も分かるんです。おっ今日は調子がいいなって思ってると、野村さんが後ろから「えぇなぁ、たまらん、また給料下がるで」ってつぶやかれるんです。途中でアンパイアに「タオルないか」って聞くんです。「どうするんだ」っていうと「もうテクニカルノックアウトや」ってまだ3回で0対0なんですけどね。「もうこのゲームは負けや。9回までやる必要ない」って言うんです。それでね、立ち上がってピッチャーにボールを返すときに、「あの博多の中洲にある何とかっていう店っていいらしいな」って言うんです。「いや私は行ったことありませんので知りません」って誤魔化したんですけど、もちろん知ってるお店です。2球目には女の名前を言うんですよ。3球目には「子供出来たらしいけどお前のか」ってね(笑)。そんなことを言われるもんだから、3回、4回のマウンドに向かいながらね、「あぁ、あの時漏れたのかな」ってね(笑)。そんなこと気にしてたらいいピッチングなんて出来るはずもありません。

 話はそれましたが、長嶋に第1打席で三塁打を打たれて、今度は騙されないぞって第2打席に見るとまたボケーっと立ってるんです。あいつは何を考えてるのか分からない。そんなこんなでボールボールでフォアボール。でもって、結局私はその試合はリズムを狂わされて4回でノックアウトされました。第2戦は投げませんでしたが、第3、4、5戦は平和台でした。3戦目は先発。この試合は1点しか取られなかったんですけど、後に巨人の監督をやる藤田元司さんがものすごい絶好調で0点に抑えられて3連敗しちゃったんですね。その試合長嶋は2打数1安打2つのフォアボールでした。なんでなんだろう・・・。確かにいいバッターなんですが、シーズン中も初年度から3割を打ってたくらいですからね。

 次の日は雨で試合が流れたんですが、朝から晩まで長嶋のことをずっと考えていました。いいバッターっていうのはピッチャーの配球を読むものなんです。初球はインコースに来るのかアウトコースに来るのか。ストレート系か変化球系か。そういうふうに駆け引きして勝負の主導権を握るんです。2ストライクまではコースで絞ったり球種で絞ったり。こういうバッターばかりをパ・リーグで対戦してきたのでそう思っていたのですが、そんなとき、あっこれだ!って気がついたんです。「あいつは何も考えとらんのだ」。なんてことはない、あいつは何も考えていないだけなんだ。よしあいつもバカなら俺もバカになってやろう、と思って長嶋に関するデータを全部ゼロにしました。そしてサインもノーサイン。じゃあどこで球種を決めたのかというと、足を上げてステップしてボールを手から離すこの瞬間に決めるんです。ガッと踏み込んできたらインコースにシュートを投げる。開いたと思ったらスライダーを投げる。つまりここで切り替えたんです。これは練習しようと思ってもできないですよ。でも人間っていうのはすごいですね。逆境に立ったら何でもできるようになる。あと1つ負けたら終わるんです。崖っぷちなんですよ。この崖っぷちで必死の思いだったから出来たんです。だからすごい教訓を私はあの人に受けたわけです。

 彼の1番の持ち味は心理学の言葉でいうと感性なんです。だから考えないように意識していると思うんです。つまりデータに頼らない。いまのピッチャーはみんなキャッチャーのリード、キャッチャーのリードっていうでしょ。じゃキャッチャーのリードって何かっていったらデータ、データ、データです。キャッチャーに依存する。打たれても自分のせいじゃない。キャッチャーのせいだ。しかし本人にだって感じることが絶対にあるんです。それは感性なんですよ。予感。その予感を生かせられるか、いや生かせられなければいけないんです。この長嶋さんという人は感性が鋭いから、あまりデータを頭に入れない。これは後に分かるんですけどね。巨人はその後9年連続日本一になるわけですが、その時に作戦参謀として牧野茂という人がいました。試合前に野手同士、投手同士でミーティングをやるんですね。野手はいまから試合をやる、敵のピッチャーの攻略法をミーティングするんです。それに長嶋は出たことが無いそうです。なぜかというとそのデータを頭に入れると打てなくなってしまうからだそうです。そういうデータを取り入れてしまうと本来持っている本能的なものが鈍ってしまうんです。情報というのは多ければ多いほどいいですよね。知識が少ないと考えが狭まって浅くなってしまう。しかしそれに頼っている間はだめなんです。そこからどうやって自分の中で咀嚼してものにするか。私は長嶋のおかげでこういうピッチングもあるんだというのをあの日本シリーズで教えられました。それが私の成長につながったのではないかと思います。

 私たちプロ野球の世界で君たちが知ってるっていったら誰かなあ。桑田や清原か?彼等は今年で13年ですが、もう10年以上の選手ですよ。各球団の選手の保有人数は70名と決められています。例えば10人採ったら、その年に10人辞めているということですね。平均寿命はなんと3年半ですよ。たった3年半。それくらい厳しい世界です。だから選手としても短い期間にたくさん稼いでおかないとならないんです。ドラフト1位指名なんていったら、いまや契約金が1億8000万ですよ。あるいは逆指名なんていったら大変です。10億とも言われています。表向きには1億8000万ですが、例えば巨人の高橋なんて裏金で12億ですよ。その前にダイエーに入った江口っていう選手も10億です。高校生は抽選ですけど、大学、社会人は逆指名が出来ますからね。でもそうやって投資した金も回収しないといけません。そうなると10年経っても芽の出ない選手ではもう回収に間に合わないんです。早く一人前にしてお客様を呼ぶ選手にしなければならないんです。

 人間というのは短所を矯正しながら育てるやり方と、長所をどんどん育てるやり方とどちらが短時間で育てられるかというと、まさに後者なんです。しかし長所を伸ばすためにはまず自分の長所を知らなくてはなりません。例えば皆さんにあなたの欠点はなんですか?と聞くとだいたいすぐに返ってくると思いますが、じゃあ長所はなんですか?と聞いてもなかなか返ってこないんです。自分の長所というのはなかなか認識していないでしょう。野球の世界でいうと長所も3つあるんです。まずは肉体的な長所。例えば体力を強くするためのトレーニングで、マラソンのように長距離を走れといって走れない人でも、短距離なら走れるという人がいたら、短距離を何本もやらせた方が体力が付くんですね。もちろん反対もあります。次は技術的な長所ですが、ピッチャーで球の速いピッチャー、コントロールのいいピッチャー、あるいは変化球の得意なピッチャーなどいろんなピッチャーがいますが、例えば変化球が長所のピッチャーがいたら、もう直球なんて投げなくていい。直球は見せ球にしてボールにしておくんです。ボールを4つ出す前に3つストライクを取れば勝ちなんですから。打たれやすい直球をボールにして打たれにくい変化球でストライクを取りに行く、という練習もやります。

 ところがこの肉体的にも技術的にも申し分のないような人でも、次の3つめの性格的な長所というのがありまして、その性格の長所を見抜けないと、すごくいい体力と、すごくいい技術を持っていながら、試合で全然生かせないという人がいるんです。「ブルペンエース」なんて言葉もありますが、試合でマウンドに上がったら全然駄目。リーダーはこれを見抜く力がないと駄目なんです。性格を見抜く力があるとアドバイスが違ってくる。いかにやる気にさせるか、あるいはやる気をなくすか。これは実に単純なことであって難しい。

 私の経験を1ついいますと、星野仙一といういまの中日の監督がいますが、彼の晩年の頃ですが、当時私は中日のピッチングコーチをしていましたが、試合前ブルペンで星野が投げてるところはなるべく見ないようにしていました。見るととても怖くて投げさせられないからです。晩年ともなると。キャッチャーの前でおじぎするような球なんですよ。ところが試合になるとね、グワーって燃えるんです。ブルペンの球なんかなんの参考にもならないくらいなんです。特に巨人戦なんていったらすごかったね〜、お客さんも多いしね。でもヤクルト戦や広島戦ではお客さんも少ないので燃えないんで、あまり勝てませんでしたけどね。

 同時期に、三沢っていうピッチャーもいたんですけど、こいつを怒るとシュンとして使い物にならなくなるんですよ。そうすると仕方が無いから星野仙一を呼んで、星野にガンガン文句を言うんです。「オレは打たれてないじゃないですか」って星野は言ってくるんですけど、「いや、いつか打たれる」ってガンガンに説教するんです(笑)。それを横で聞いている三沢は自分が直接言われているわけではないからシュンとはしないんだけど、あぁ俺のミスだったなって感じているわけです。だから性格を知っておくのは大切なことなんですよ。しかも早く知っておきたいですね。まあだんだん分かってくるんだけど、1年1年が勝負ですからね。

 面白かったのはね、ある日パチンコに連れてったんですね。同じ玉の数を与えて1時間でやってこいって後ろについてみてると、ある選手は1つずつわざわざ入れて打つんだよな、自動なのに。1個ずつ打って入らなかったら次の玉を打つっていうやり方で時計を見てたりするんだよ。「何してんだよ」って聞いたら、「いや100個を何秒ずつ打つとちょうど1時間後に終わるんです」。でもね、こういうタイプのピッチャーは先発完投型のピッチャーに向いてるんです。1回から9回までじっくり計算しながら投げるんです。ところが5分しか経っていないのに玉が無いって言ってくる奴は最後の抑えとか、バッターでいえば指名打者に向いている。三振かホームランか勝負!って感じでね。我々の世界での中間管理職はコーチの力の有る無しは長所を見抜く力があるかないかなんです。怒って発奮する選手。怒ってシュンとしちゃう選手。おだてるとすぐに乗る選手。おだてると馬鹿にする選手。こういうことが実は最も大事だったりするわけです。

 で、日本シリーズの話に戻りますが、1戦目は4回でノックアウト、2戦目は投げませんでしたが、3戦目は完投しながらも敗戦。4戦目も完投、5戦目は3回から延長11回までリリーフ。6戦も完投してやっと3勝3敗。翌日先発完投して4勝3敗なんです。

 ところが7戦目の7回、6対0で勝っており、あと3イニング抑えれば勝ちという場面で、その7回裏、投球練習は8球あるんですが、5球でやめたんです。右手で玉を握ったと思ったら、下に落ちていたんです。それをまた拾い上げようと思っても掴めない。まったく握力が無くなっちゃったんです。それを見ていたキャッチャーが「どうしたの?」って飛んできた。「いや、なんか握れない」「じゃあ1球だけ投げてみよう。それで駄目だったら自ら監督に言って代えてもらいますから。どこに行くかわかりませんよ」といって投げた球がズバーンっといくんですよ。あれ?じゃあもうちょっと頑張ろう、あと3回だ。あと9人アウトにしたら終わりや。あと8人、あと7人・・・。まあ最後には締めくくりに長嶋にランニングホームランを打たれるんですけどね。ゲームセットの瞬間は逆転優勝だとか湧き上がっていましたが、感激も何も無い。「あぁ、もう投げないでいいんだ」と思いましたね。

 心・技・体の心の部分を鍛えるのはどうしたらいいのか。精神論のようですが、そのゲームで私はこう思いました。単に「夢中」「夢中」なんです。「夢中」になることなんです。いかに一生懸命に自分の仕事を「夢中」になって取り組めるか。これが僕は精神論だと思います。

 野球はいかに相手より多く点を取るか、また点をやらないか、というゲームです。またいかに相手よりもミスを少なくするか、というゲームです。また記録に残らないミスがいかに多いか。私もいま解説やってますけどね、辛いですよいまの野球の解説は。だって当たらないんだもん。私なんか一番喋りやすいところはどこかというと、守備側がピンチのときです。例えばノーアウト満塁なんていうピンチがあったとするね。するとアナウンサーはこういう場面では「どういうピッチングをしたら抑えられるでしょうか」って聞いてきます。「このバッターはインコースが強い。前の打席でもこれでアウトにしてる。ここはアウトコースでしょう。うまくいけばダブルプレーも狙えます」なんて解説をするわけですね。「インコースはボールにしなきゃ駄目だよ。主力はアウトコースだ」って。そして見てたらキャッチャーがアウトコースに構えてる。よしよし俺の言う通りになってきた、と思ってたらピッチャーはインコースに投げちゃうんだよ。「うわぁ」と思ってたらバッターもバッターで、そいつをキャッチャーフライに打ち上げちゃったりするんだもん。言い訳も無い。まるで私が嘘をついたみたいでね。「おまえ昨日見てたらキャッチャーがアウトコースに構えてるのにアウトコースじゃなかったじゃねえか」って言うと「そうなんですよ、助かりましたぁ。コントロールミスです」って言い返してくる。でバッターのところに行って「おまえインコースを狙ってるような雰囲気でインコースがきたじゃねぇか」って言うと「そうなんですよ、ホームランボールでした。狙ってたところへボールが来たんですけど打ち損なったんです」って。これは辛いよ。それもラジオならある程度ごまかせるけどテレビじゃごまかせないんだよ。ね、お互いにミスを犯しているわけです。そういう意味では、いまの野球は私たちが凌ぎを削ってきた時代と比べるとレベルが落ちているように感じます

 それと目に見えるミスとして、エラーがあるわけですが、例えば中学生でも捕れそうな打球をエラーしたりするわけです。なぜエラーをしたのか。選手に聞くと、「いやぁイレギュラーすると思ったらしなかったんで」とか言いやがるんですね(笑)。まあ原因を追求するわけです。分析してアドバイスをするんです。腰が高い、もう一歩前に出ろ、グラブが立っていない。こうすればエラーをしないと考える人とこうしなければエラーをする、と考える人がいます。プラス志向とマイナス志向の差ですね。我々はミスをしたら当然なぜ?と原因を追求し、反省して練習で徹底的に矯正します。ところが成功したときもなぜ打てたか、なぜ捕れたか、となぜ成功したのかを追求します。普段できないのになぜあの場面でそれができたのか。分析して反省する。反省して分析する。失敗は分析して反省しなければなりませんが、成功しても反省しなければならないのです。成功しても良かったな、で済まさない

 最後に野球にはチャンスの後にピンチあり、ピンチの後にチャンスありという言葉があります。大昔から言われているんですね。例えば1回表の満塁のチャンスを生かせなければ、その裏に相手チームにもチャンスが訪れることが非常に多いんです。ピンチを凌いだ後にはチャンスが訪れる。これは皆さんにも当てはまるのではないかと思います。いわゆる経済的な状況がいまはピンチな状況です。これをどう凌いでいくか。これをどう自分のものにしていくか。それによって次のチャンスを生かせるか、生かせないかの差になってきます。成功する秘訣は、良い機会がやってきたら、直ちに迎えられる準備と心構えができているかっていうことじゃないでしょうか・・・。